「また一つ、増えてしまった」
届いた荷物を開けながら、ふとそう思いました。買ったのは昨日の夜。注文したこと自体、もうほとんど忘れかけていました。
流れていくだけの毎日
朝は、いつも通りに始まります。
目覚ましを止めて、キッチンに立って、コーヒーを一口だけ飲む。子どもの支度を進めながら、頭の中では今日の予定をなぞっています。
仕事のこと。子どもの送迎。夕方に片づける用事。
考えているというより、ただ流れているだけの感覚です。洗濯機の音だけが、部屋の中にずっと残っています。
仕事は、問題なく進んでいきます。大きなトラブルはありません。でも、帰りの電車の中でも、仕事のことはどこかに残ったままです。終わったはずなのに、完全には切り離せない。そのまま、なんとなくスマホを開きます。
気づけばカートに入っていた
特に目的はありませんでした。
ブランドのバッグ。新しいスニーカー。誰かのおしゃれなコーデ。
眺めているうちに、少しずつ気持ちが動いていきます。
「これ、いいな」
そう思った瞬間には、もう持っていないことが、少し気になっていました。必要かどうかより先に、なんとなく不安だけが残っていく。気づけばカートに入っていて、いつの間にか注文していました。
届いたときは、確かに少しうれしい。箱を開ける瞬間だけ、満たされたような気がします。でも、それは長く続きません。
部屋の中が重くなっていく
気づけば、部屋の中が少しずつ重くなっていました。
一度しか着ていない服。タグがついたままのバッグ。開封していないガジェット。
見慣れた部屋のはずなのに、どこか息苦しい感じがします。
クローゼットの奥から出てきたジャケット
ある日、クローゼットの奥から、買ったままのジャケットが出てきました。
昨年の秋に「これを着こなせる自分になれそうだ」と思って買ったもの。でも、実際に着たのは一度だけ。気づけばハンガーにかかったまま、季節が変わっていました。
「これ、本当に必要だったのかな」
そう思ったとき、はじめてちゃんと立ち止まりました。
フリマサイトに出品してみる
そのままにしておくのも違う気がして、フリマサイトで出品してみることにしました。
写真を撮って、説明文を書いて、価格を調べて設定する。思っていたより、やることは多い。
最初の価格設定だけで30分ほど悩みました。似たような商品を10件以上見て、状態やブランドを比べて、値段を決めました。
出品してすぐに売れるわけではありません。通知が来るたびに画面を確認して、値下げするか迷って。少し気になりながら、1週間が過ぎました。
「ちょうど探していました」
そして、ある日。
「ちょうど探していました。大切に使います」
そんなメッセージが届きました。
自分には必要なくなったものが、誰かにとっては、ずっと探していたものだった。
そのことが、思っていた以上にうれしく感じられました。売れた金額より、もう少し大きな何かが返ってきた気がしました。
梱包して、コンビニに持っていきます。折り目がつかないように丁寧に包みながら、「ちゃんと届いてほしい」と自然に思っていました。少し前の自分には、なかった感覚です。
買う前に、少しだけ時間を置く
その経験から、少しずつ考え方が変わっていきました。
買う前に、少しだけ時間を置くようになりました。「欲しい」と思ったら、いったんカートに入れたまま1日待つ。翌日も欲しければ、そのとき初めて考える。
それだけで、衝動的に買うものがかなり減りました。
日々の忙しさは変わりません。朝の支度、仕事、子どものこと、家のこと。やることが減ったわけでも、時間が増えたわけでもない。
でも、少しだけ変わったことがあります。
買う前に、「本当に必要だろうか」と、立ち止まることが増えました。
本当に必要だったものは何だったのか
振り返ると、なくても全く困らないものばかりでした。
洋服やバッグ、ガジェットなど。どれも、そのときは必要だと思って買ったもの。でも実際には、それで暮らしが大きく変わることはありませんでした。
振り返ると、自分には必要のないものまで増やしていたのかもしれません。
フリマサイトで手放したジャケットは、私よりも必要としている人のところへ届いていきました。そのやり取りが、なぜだかずっと印象に残っています。
自分にとって本当に必要だったものは何だったんだろう。
そんなことを考えていると、家族と出かけた休日だったり、子どもと笑い合った何気ない時間だったり。不思議と、そんなことばかり思い浮かびました。
大きく何かを変えたわけではありません。買う前に、少しだけ立ち止まるようになっただけです。
それでも、暮らしの見え方は少しずつ変わっていきました。
