ずっと遅くまで働いていた日々の中で
なぜか、ずっと遅くまで働いていました。
子どもがいて、妻も働いていて。
本当は早く帰りたいのに、仕事が終わらない。
気づけば今日も、外は暗くなっていました。
朝はいつも慌ただしく始まります。
子どもを起こして、急いで準備をして、淹れたコーヒーも半分くらい残ったまま。
気づけば、もう満員電車の中でした。
会社に着けば、仕事は次から次へと増えていく。メールも止まりません。
「今日も遅くなりそう」
その連絡をすることも、いつの間にか普通になっていました。
帰ろうとすると、またメールが届く。
「これ、今日中でお願いします」
パソコンを閉じかけて、また開く。
そんなことを、毎日のように繰り返していました。
家に帰る頃には、子どもはもう寝ています。
リビングの電気だけがついていて、静かな部屋に、食器の音だけが響く。
妻とも、ゆっくり話せていませんでした。
当たり前になっていた忙しさの中で
朝起きても、疲れが抜けていない。
電車に座ると、気づけば寝過ごしている。そんな日も増えていきました。
でも当時は、遅くまで働くことが当たり前だと思っていたんです。
夜のオフィスを見渡すと、まだ何人も残っている。
それを見て、「みんな同じだから」と、自分を納得させていました。
ある日。
子どもが寝たあと、妻と少しだけ話していた時のことです。
「この生活、いつまで続くんだろうね」
責めるような言い方ではありませんでした。
ただ、少し疲れた顔で、ぽつりとこぼした言葉でした。
その時、やっと気づいたんです。
余裕がなくなっていたのは、自分だけじゃなかった。
家族みんなが、少しずつ疲れていたんだと。
少しずつやめていったこと
家族のために働いているはずなのに、家族との時間が一番減っている気がしました。
それから、なんとなく続けていたことを少しずつ見直してみることにしました。
なんとなく会社に残るのをやめる。
「今日じゃなくてもいい仕事」は、明日に回す。
会議のあとに続いていた長い雑談も、少し減らしました。
それともうひとつ。
「自分がやった方が早い」を、やめました。
以前は、全部自分で抱えていました。
でも少しずつ、周りに頼るようにしたんです。
もちろん、すぐには変わりませんでした。
それでも少しずつ、早く帰れる日が増えていきました。
家族の時間が戻りはじめた日常
家族みんなで夕飯を食べる日が増えました。
子どもの学校の話。
妻のちょっとした愚痴。
以前なら聞き流していたような話を、ゆっくり聞ける時間ができました。
特別なことは何もありません。
外食が増えたわけでもないし、急に毎日が楽になったわけでもない。
でも最近は、前より少しだけ会話が増えました。
少しだけ、ゆっくりご飯を食べられるようになりました。
残ることをやめた日。
ほんの少しだけ、暮らしに余白が戻ってきた気がしています。

